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ほっとモナカのホットひと息

ブログ再開! 厭世気味にシャウトするよ。

衒学的な

ペダンチックという言葉を知ったのは僕がまだ学ランを着ていた頃だ。以来、ネットで生半可な言説を披露する人を見るたびにこの言葉が脳裏をよぎる。もっとも、そう感じる僕がペダンチックなのだろうが……

ここ数年よく耳にするフレーズに、「物理的に」というのがある。たぶん僕も無意識に使っている。しょうもないことでも説得力を持たせたり、ユーモラスな言い回しをするのならば、なるほど都合が良い。でも先日、「寝坊して物理的に遅刻した」と言っている人がいた。それは怠惰だ。宇宙の神秘とは程遠い。

話は変わるが、自分が学んだこと考えたことを示させるため、感想文を課されたことがある人はほとんどだと思う。学生の身分である限り続くし、就職してからもだ。僕はもちろん、思いを文字にすることは否定しない。けれど、こういった感想文には「文量」を求められることが多々ある。それが僕にとっては苦痛でたまらない。二文書き終わらないうちに半分は消して、また書いての繰り返し。文章を作る姿勢をうまく切り替えられないから、結局短くなる。たぶん、一目見てぎっちり黒々と埋まっているほうがより理解している者だと思われてしまうだろう。

難しい言葉を使うことにも、回りくどい言い回しをするのも、ちゃんと考えた上で使っているのならば問題ない。でも、空白を埋めるために手を動かすのは、求められているからとはいえ悲しい気がする。

こんな負け惜しみに文章をこしらえる僕もまた、ペダンチックだ。